☆★4周年記念アンケート投票ありがとうございました!★☆



・更古と幸陵(コウコ)×全寮制現代×いちゃこらエロの設定で書きました。

・途中、耀と猩(さかなの庭)もちらっと出てきます。

・全寮制現代≒祠堂ですが、祠堂がわからなくても読んでいただけると思います。




Summer under the wish 1





 泳いだ手のひらが机の上のボールペンを転がして、微かな振動を残しながら転がったそれが、机のふちで塞き止められる。
 机の上に頬を押し付けるようにしていた更古は、その様子を何気なく目で追った。
 生ぬるい空気がゆるゆると肌を溶かす。
 触れた当初はひんやりと気持ちの良かった木製の机は、すっかり体温に馴染んでしまって、肌に滲む汗を抑えてはくれない。
 性急さのない動作でじわじわと穿たれた体は、痛みを訴えることもなく、その熱と、その確かさを求めて、受け入れたいと緩んでは掴んで、それを緩慢に繰り返している。
――暑い……。
ガラスの窓が視線の先に見えるけれど、そこは白く濁った磨りガラスだから誰かの視線を怖がることもない。蝉の声は耳鳴りのようにずっと聞こえている。
「…どうした?」
後ろから、低く癖のある、更古の体と気持ちのずっと深くをくすぐる声に問いかけられて、耐えていた息を少しだけ抜いた。
「夏…だな、と、思っ――」
ず、と動かれて息を呑む。
 びくんと反応した体が、机の上のペン立てを倒してしまって、カシャカシャと軽くて五月蝿い音がする。
「…ぁう…、」
緩んだ口から出かけた声を、慌てて噛んで喉に飲み込む。
 後ろの声の主が、低く笑う。
「熱いのは、いつもだろ。」
「…?」
「わかんねえか。」
どういうことかと振り向くと、緩慢が過ぎた動きがえぐるようなそれに変わって、ついでに顎を捕まえられて、口の端を舐められる。
 背筋をのぼるざわざわとした快楽に、閉じた口の端から細く、せわしなく息が漏れる。
 図ってもいないのに、くう、と狭まったそこがすごく気持ちよくなってしまう。出てしまいそうな声を絶えたくて、閉じている口に力をこめたら、微かに笑ったような息がそこを撫でて、顎にあった手が甲の方を向けて口元に当てられる。
 手のひらでそうされるよりも、隙間のできるその覆われ方なら上手に息が抜ける。
 だから、やっと少しだけ口を開ける。
――あれ…。
と、その手の甲からすうっといつもと違う、清清しいような香りがした。けれど疑問を抱けたのは一瞬で、
「…んぅ…っ。」
喉の入り口まで競り上がっていた声が息になって抜け出たら、かくん、と身体からも力が抜ける。後ろから捕まえていてくれる人がちゃんと支えてくれるのは分かっているので、力が抜けても怖くはなかったし、不安もなかったから、笑いかけの膝を甘やかすように少し後ろに崩れた。
「…――!」
ら、酷く弱いところが、自重の所為で強く擦られて、爪先にまで痺れが走って、身体は少しだけ跳ねる。
 後ろから聞こえるくすくすと笑う声は、いつものそれより少し低い。
 低くて、すごく、色っぽい。
「ん、ん、ん、」
揺らされるその速度で喉が勝手に鳴いてしまう。
 でも、それでも、大丈夫なとこを更古は良く知っていて、上手に声だけを殺してくれる手の甲がなんだかとてもいいもののように思えて、舌でくすぐるようにしたら、触れさせた舌先からもくすぐったいのを少し超えた気持ちよさが滲んで、どこもここも鋭敏になってしまっていることを自覚したら、視界が少しだけぼやけた。
 背中を覆うように熱が触れて、すごく、気持ちがいい。
――…熱い。
熱くて、気持ちがいい。
 何をしたいわけでもないのに、腕にも足にも奇妙に力が篭って、なのに力が入らなくて、ふらふらして、それさえ気持ちがよくて、競り上がる熱の塊を吐き出してしまうまで、とろとろになった気持ちと体を預けきってしまえる。
 中途半端に肩にかかったままのシャツのボタンが、机にぶつかって透き通った音を立てた。


 窓の下の壁はコンクリートで出来ているから、触るとひんやりと冷たい。
「ほら。」
「ありがとうございます。」
そのひんやりした壁に寄りかかって床に座り込んでいた更古は、差し出されたペットボトルを素直に受け取った。
 あまり自覚はなかったけれど、蓋を開けて一口飲んだら、喉がすごく楽になった。汗をかいたから渇いていたのだろう。
 ふっと息をつくと、大きな体が隣に来てくれる。更古と同じように壁に寄りかかって、同じようにペットボトルを傾ける。
 その親和性がなんだか親密さのようで嬉しくて、照れ臭く思いながらも口が勝手に笑った。
「なんだよ。」
細く漏れた笑いの息に気付いたものか、その人は、問い詰める意図のないからかうような口調で問う。
「――いえ。ここって、指導室、ですよね?」
同じ動作をしたのが嬉しくてなどとまさか口には出来なくて、笑ったまま首を振ってから、視線を室内に転じる。
 視線が随分低い位置にあるから、机と椅子の足が並んでいる様がよく見える。扉はしっかり閉まっているし、そういうことに関しては案外気にしてくれる人だ、ということは知っているので、誰が来るとも分からない場所だと思うこともないのだけれど、本来の目的からは随分外れた行為をしたんじゃないか、と思うと少しだけ良心がうずく。
「ああ。」
「勝手に入ってよかったんでしょうか。」
「いいだろ、休日に誰が使うわけでもない。」
確かに今日は日曜で、授業はないから、この部屋のある建物――つまり校舎なのだけれど――自体がとても静かだ。
「…鍵、もってらっしゃるんですね?」
「まあな。」
鍵を保管してあるだろう職員室にも確かに人は少ないだろうが、それにしたって誰かは必ずいる筈で、いないのならば職員室自体に鍵がかけられてる筈で、それなのにどうしてこの人がそれを持っているのかと聞くのは、愚問なのだろう。
 彼にとっては、そういう手段を見つけ出すのは造作もないことなのだろうし、更古は鍵を手に入れようとは思わないから、聞いて教えてもらったところで、あまり意味のないこととも言える。
「寮に戻ると人が多いだろう。」
だからここに連れ込んだんだと、教えてもらえて、くすぐったいやら照れ臭いやら申し訳ないやら、なんだか妙にもぞもぞして、なんとなく顔が熱い。
 誤魔化すように、またペットボトルを傾ける。
 少しぬるくなったお茶は、上手に渇きを癒してくれる。それで、なんとなく分かってしまった。
 今までこういう場所で、ということは実はなかった。
 更古は案外場所に対する拘りが薄いので、相手がそこでと言えば拒否ができるとさえ思わない――万が一思ったとしても、勿体無くてとても拒否なんて出来ないが。――が、今まで何度か、何度も肌を重ねてもらって、それはいつも寮の、この人の部屋で、だった。
 本来二人部屋のはずのその部屋を何故か一人で使っていて、だから、いつもはそこでだったのだが、このところいつにもまして忙しいのか、更古はその部屋を訪れていない。
 それは高々一週間とかそれくらいではあるのだけれど、そしてよくよく考えてみれば、更古には更古が生活するための部屋があるのだし、他人の部屋に入り浸っているほうが問題だとも思うのだけれど、気持ちは少し飢えていた。
 喉が渇いたときのように、満たされて初めて分かった。
 それを、この人は分かっていたのかもしれない。
「先輩。」
呼ぶと、綺麗な蒼眼がゆっくり自分を映す。
 そういうことにも飢えていた。
「先輩は、ちょっと俺を甘やかしすぎだと思います。」
「なんの話だ。」
きっと忙しかったか、でなければ別の理由があった筈だ。それがもしも解決しているなら、いつも通りこの人の部屋に行けたはずで、そうでないならつまり解決はしていないということで、だからいつもと違う場所でゆっくり触れ合う時間を作ってくれたのだろう。
 それは、なんだか自分ばっかり恵まれているようで、少しばかり後ろめたい。
 どういうことだと詳しい説明を求めながら、髪を撫でて、ついでのように頭を引き寄せてくれるから、更古の耳はその人の肩に乗る。
「……こういうの、とか。俺ばっかり嬉しいから。」
「嬉しいのか?」
改めて聞かれるのは恥ずかしい。
「――はい。」
でも嬉しいのだ。当たり前だ。
 更古のそういう気持ちを、彼は絶対に知っている、と更古には分かっている。声がずっと笑っているし、頭を抱えたまま髪を梳いていく指先にも、迷いがない。
「そりゃ、好都合だったな。」
「好都合?」
知っていてやっていたのじゃないのか、と斜め下から見上げる。
「嫌がられたら萎える。」
「……え。」
意味が分かるまでに間があって、意味がわかって、とたんにぶわりと顔が熱くなった。
「嬉しがられて喜ぶのは変か?」
「へ、変じゃないですけど。」
そういう気持ちは更古にも良く分かる。つまり、
「俺、だって、嬉しいと思っていただきたいなあ、って――」
思ってるんです、という語尾は蚊の鳴くような声になった。
 相手の話してくれた内容を、ちゃんと頭と気持ちで追いかけたら、分かったからだ。
 更古が嬉しがったのが好都合だと言うのは、更古を思い遣っての行動というだけではなかったという意味だし、嫌がられたら萎えるというのは、嫌がられる可能性を加味していたということでもあるし、さらに言うなら、更古が嬉しがったことを喜んでくれたということでもある。
「なんだよ。」
顔が熱くて俯いてしまった更古の頭に、くすくすと笑っている息がかかる。
 そういう相手の気持ちに、言われないと気付けない更古を知って、教えてもくれた。
――なんかもう…。
すごく、駄目になりそうな気がする。
 こうやって個人的に相手をしてもらえることや、触れてもらえることを特別なことだときちんと思っていたいのに、甘やかされてそれが当たり前になりそうで怖くて、甘い。
 耳を引っ張られて仕方なく顔を上げたら、掠めるように唇が触れる。
「……っ。」
ゆったりした気持ちで受け取るなんてことができなくて、前に投げ出した足の上にあった手が、きゅっと拳を作った。
「誘うなよ。」
「さそって、ない、です。」
「ここで寝るわけにもいかないからな。」
もう一度したら多分疲れて眠くなってしまう事をわかられているのは、いいのか悪いのか。嫌ではないのだけれど羞恥が勝る。
 少しだけ気持ちを切り替えようと、抱えられている頭を肩にこすりつけたらまた笑われた。
 指先が頬を突く様に撫でる。恥ずかしい。
――あ。
けれど、その動作で、ふっとある香りがした。
 その香りは最中にも一度感じたもので、今のこのどうにも熟れた空気を少し変えたくて、更古はそれを口にする。
「手から、なんだか、いい、匂いがしますね。」
結局のところ、やたらと惚けた声にはなってしまったけれど、話題はやっと別のものになった。
「ああ、笹だな。」
「笹?」
少し頭を起こして、指先を嗅ぐ。
 すうっとして青い、生命力の強そうな香りだ。
「七夕だからな、人手に借り出された。」
「笹をどうにかするんですか?」
「大笹をロビーに立ててきた。七夕、知らねえのか?」
七夕。
「知ってます。でも、あんまり参加したことはなかったような……商店街なんかに飾られているのはよく見たんですが。短冊と、笹と。そういう飾りをロビーに、ということですか?」
「飾りは作ってねえが、短冊は自由に書けるものが置いてある。」
「自由に?」
「書きたいなら誰でも書いたらいいってことだろ。」
そこを通る人なら誰でも、そこに少しでもかかわりのある人ならだれでも。
「そういう風にすると、なんだかお祭りっぽいですね。」
更古は正直なところ、七夕を祭りだと思ったことはない。祭りというか、ハレとケでいうところのハレの日だという感じがしないのだ。特に誰かと会うわけでもないし、集まったりもしない、特別に食べるものがあるでもない、歌はあっても歌う機会はないに等しいし、そもそも何を祝ったり奉ったりするのかよく分からない。
 昔はもっと違ったのだろうけれど――針仕事の上達を願ったという話をどこかで聞いたことがある――今となっては、願い事を書いて吊るすという行為が残るばかりだ。
 祭り、というには、それは個人的な行為だし、願いというのは秘密の匂いがするものも多いから、賑やかな場面と結びつかない。
 でも、誰でもどうぞと誘われれば、賑やかにもなりそうだ。
「猫も杓子も参加させようって魂胆なのは、確かに祭りっぽいかもな。」
分からないこともないと軽く同意してもらえて、更古は小さく笑った。
「先輩は、参加されないんですか?」
誰でも書いていい短冊。
 誰でも書いていい願い事。
 この人はどういうことを書くんだろう、と考える。
「俺はもう参加済みだ。」
「もう短冊を書かれたんですか。」
少し驚いたのは、そういうことには参加せずに離れた位置から眺めることが好きな人だと、更古が薄々勘付いていたからだ。
 誰かに押し付けられても、その気がなければ願い事なんて書かないだろう。
 もし書いたのなら、少なくとも何か思うことがあったということだ。それが何かを知れたらすごく嬉しいのに、とまで思ったのだけれど、そうではなかった。
「書いてねえよ。準備を手伝えば一応参加だろう。」
「――そういうことでしたか。」
それならこの人らしい、と、自分の先走った勘違いが恥ずかしくて、指を追いかけるように起こしていた体を壁に戻して、ちょっと頬を掻いた。
「お前は書くのか?」
「短冊ですか?」
問われて、考えて、口を開く。
 壁に戻った頭を、また腕で抱え込んでくれるから、やっぱり甘やかされているよなあと思えてしまって、声には自然に笑いが混じる。
「願い事が思いつかないので、今のところ、書く予定はないです。」
夏なのに、壁の冷たさが気持ちいいほど暑いのに、冷たさがくれる気持ちよさとは違う腕が嬉しくてくすぐったい。眠りたいほど疲れてないのに、眠る前のような緩んだ気持ち。
「そうか。」
別に、短冊を書くかどうかなんて、どうでもいいことだ。
 もし願い事があるのなら、教えてもらえるくらいの場所にいつか辿り着けたら良いな、とは思うけれど、それを願い事にしてしまうのはもったいない。だから、短冊にも、七夕にも、更古はあんまり興味はなくて、でもそれを話しながらくっついていられるのが嬉しくて、だから少し七夕のことが好きになった。








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